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1999.09.09(木) + 東京都小平市 → 宮城県亘里町 : 走行距離408km |
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ある日、突然旅行がしたくなった。それも普通の旅行ではない、若いうちだからこそできる
ちょっとした無茶をしたかっただけかもしれない。他にも理由は色々とあるのだが、面倒なので
割愛させていただく事にする。この旅行で「予定」と呼べるものと言えば・・・「移動は原付バイク」・
「9月9日の朝出発」・「9/14(夜)に青森県八戸市から北海道苫小牧市へフェリーで」・
「9/16(朝)に北海道苫小牧市から茨城県大洗市までフェリー帰ってくるというもの。
それ以外は全く自由である。宿の予約は全くとらず、野宿しながら進もうと心に決めていた。
「多分、6日間で青森まで行けるだろう・・・」と結構安易に考えていた部分ももちろんあった。
出発の朝、自宅を出る。前日は不安か緊張のせいかあまり眠れず、体調は万全とはいえなかったが、
空模様はそれに反して快晴であった。改造もしていない全くノーマルの原付バイクで、初日は
とにかく先へ進もうと考えた。予定通りに帰ってこなければ、次のアルバイトの予定が狂ってしまうのだ。
_ 東京を出発して、まず埼玉県→茨城県のルートで迷子になる。手持ちの地図は安物で、詳しい道路地図など 乗っていなかった。一方通行に悩まされ、大型トラックが並ぶような産業道路を走ったりといきなり 不安のどん底に叩き落された。ここで1日など浪費していられないのだ。青森までたった6日間しかないのだから。 地図と道路標識を目印に少しずつ前へ進む。性格には東へ進む・・・ _ ちなみに、この旅行で大きなかばんに詰めていったものは・・・。着替え・寝袋・タオル・その他(蚊取り線香やら) である。晩夏とはいえ暑かったので、ヘルメットは半ヘルで、日光対策に大き目のサングラスを着用、 地図は首都圏のものと全国版を2冊持った。足りないものは後で買えばいい。行ってみないとわからない というのが正直な感想だったし。 _ なんとか茨城県に突入した。ここまで約3時間ほどである。しかし、茨城県から宮城県仙台市までは 国道6号線で真っ直ぐ(性格にいうと違うかもしれないが)つながっている。もう迷う事はない、 ひたすら前に進むのみ。ちなみに茨城県は私の郷里でもある、母校や自宅を眺めながら東京から原付で 来たという事実と、「もう戻れない」という覚悟がこの時点でできたかもしれない。 途中、突然左折したトレーラーに激突する危機や排気ガスで顔が真っ黒になりながらもとにかく北上した。 本当に走り去っただけだった茨城県である(笑)。 _ 臀部の痛みに耐えながらも無事に福島県に入った(おそらく17時半頃)。ひたすら運転しっぱなしである。 座りっぱなしで辛かった。福島県は横にも長いが意外と縦にも長く、行けども行けども宮城県が見えてこない。 途中でコンビニを見つけては休憩、地図を見ながら何度もため息をついた。なかなか前に進めないという 焦りを感じながら少しずつ少しずつ進んだ。福島県で困ったことは、時間が遅かった事と山道を走っていた という事で、とにかく寒かったのだ。最高でも時速60kmしかでない原付バイクとはいえ、車上の 体感温度は格段に下がる。その上大型のトラックに次々と煽られ、常に恐怖と戦っていたような思い出しかない。 持ってきた上着を着込んで北を目指した。宮城県まで行きたい、体力がまだ残っているうちに進みたい。 そういえば、福島で立ち寄ったガソリンスタンドの店員に「顔真っ黒だぞ」と笑われてこの日初めて鏡を見た。 排気ガスをまともに浴びつづけた結果である、ヘルメットとサングラスで隠れていた部分以外は真っ黒である。 なぜフルフェイスタイプのヘルメットにしなかったのだろうか・・・としこたま後悔した(笑) ちなみにその店員は、「ガソリンスタンドにあるシャワーを貸そうか?」と言ってくれたのだが、その情は めちゃくちゃ嬉しかったのだが泣く泣く断った。シャワーよりも寝場所の確保の方が重要だったからだ。 _ 23時過ぎ、ついに念願の宮城県に到着した。福島県縦断だけで実に6時間近くかかっている。だが、 1日でここまで来れたという「事実」は無計画な旅に安心感を与えてくれるには十分すぎる内容だった。 漠然でも、1日でどれだけ進めるのかわかっているのとわかっていないのでは大きな違いがある。 が、まだ終わりではない。宿泊(野宿)場所を探さなければならない。山道で周りが暗い上、当初目論んで いたような「小さな公園」など到底見つかりそうにもないこの不安。大きな建物らしきものも見つからず、 途方に暮れながら探し回っていた所に、光明が見えた。町役場や警察署が併設してあった場所に公園を発見し、 ちょっとしたステージのような蔦の屋根付きの場所を運良く発見したのだ。とりあえず寝場所を確保したので 寝る準備に入る。レジャーシートを石のステージに引いて寝袋に入った。タオルを折り畳んでの急造マクラ の傍には、蚊取り線香と小さな目覚まし時計が置いてある。 _ 生まれて初めての 野宿 である。装備は、夏用寝袋(かなり生地は薄い・・・)のみ、セーターその他いろいろ着込んで寝たのだが・・・ とにかく寒かった。それだけではない、普段は気づかない様々な「音」が耳に入って来た。 虫の鳴き声、車の音、遠くで聞こえる踏切の音、電話ボックスから聞こえる話し声・・・ 決してうるさくはないのだがすごく気になるのだ。もちろんそれだけではない、寝ている間にいたずらされないか とか、襲われないか・・・など、いくら平和な日本とはいえ、不安はどうしても拭い切れない。 体は疲れているのに頭がさえている状態が深夜過ぎまで続いた。星空を眺めながら何度ため息をついた だろうか・・・寒さに耐えながら、この日の睡眠時間は2時間ほどしか確保できなかった。 「野宿」を安易に考えていたのは再び誤算である。っていうか旅行自体が誤算みたいなものだけど(笑) |
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